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花言葉
2010/05/01 (Sat)
本日の花”すずらん”花言葉”再びの悦び”
ネットで遊んでると、何度も繰り返しているようで申し訳ないのだけれども、本当に様々な女性が快楽を求めてやってくる。そのすべての女性がリアルでのセックスを求めて、チャットに来るって訳ではなく、やっぱりそのほとんどの女性は、チャットセックスを”オカズ”にして、オナニーし、その結果として快楽を求めていくのが定番で、それ以上のことを求めているわけではないと言う事なのだ。
特に人妻なんかは当たり前ながらその傾向にある。日常に家族があって、当たり前ながら旦那もいて、それなりに生活が安定しているために、具体的にリアルで浮気をして、その結果、家族崩壊なんかを想像してしまうと、やっぱり、”損得勘定”にあわないと感じている人妻がほとんどだからだろう。
ネットで出会いは特に相手が誰なのか?ってことを特定する事は難しい・・・そうなれば、そんな状況になった時に”責任”を求める事は出来ないと気付いている部分もあって・・・その場限りのリアルでの快楽と生活の安定とハカリに掛ければ、ネットだけの快楽を求めるのは当然の結果であるのは判りやすい。
それでもチャットに快楽を求めるには、やはり人妻であったとしても、日常ですぐさまにセックス出来る環境が、ある意味旦那の存在があるために整っているはずなのに、その人妻の日常の性欲が満たされていない結果であると言えてしまう。中には旦那と週何度かのセックスがあったとしても、我慢しきれずにチャットに来てしまう人妻だって存在する。
ある意味、回数の問題はあるのだけれども、その内容においてもメスにとってはストレスになり得る要素になるのかもしれない。オスの場合は、これまた、繰り返しになるのだけれども”肉棒から精液さえメスの蜜壷に射精できれば、それなりに満足してしまう”ってのが本音だろう。それだけで射精の快楽があって、そのメスを所有している気分になれるのだから、極端な話、愛撫も無く、単純に挿入して射精さえ出来ればそれでオスは良いのである。
特にセックスってのはどうしてもオスのほうが主導権を取ってしまうから、どうしても独り善がりな部分がセックスにあるのは事実なのだろう。ただ、メスはそれでは堪ったものではないのだと思う。”いきなり挿入されて子宮の中に精液を射精されておしまい”・・・これではメスの性欲の高まりも何も無視した状態であると言えるのだ。
実際、オスだってそのことに、本能的に気付いてるはずなのだ・・・確かにセックスってのは、挿入はメインイベントでそれが無ければオスとして満足出来ない。しかし、それと同じぐらいメスを愛撫なんかで悦ばせて濡れさせていく事はメスの身体を十分に味わって楽しむ事を意味して、それ自体が射精へのプロセスであって、それ無しにメスを悦ばせることは出来ないということ・・・
では、なぜ”メスを悦ばせる必要があるか?”ってことになるのだけれども、結局メスに”また、セックスして欲しい!!”と思わせることが必要であるとオスは気付いているはずだ。確かにオスの本能としてメスを犯すために、そのおっぱいをしゃぶりつくし、キスも激しく・・・って感じでメスの身体を味わっていくのだけれども、その心のどこかで、”自分自身のセックステクニックでメスを虜にさせたい”って気持ちがあるのは間違いないのではないだろうか?・・・少なくとも僕は、メスを愛撫している間にそんな気持ちがあるのは事実であるのだ。
ただ愛撫ってのは結局はメスへの奉仕に当たるのも事実なのである。奉仕って言う事はそのメスを気持ち良くさせて悦ばせることになるのだから、オスにとってはある種の”労働”になってしまう。つまりはオスの性欲を優先するよりもメスの快楽を引き出す行為になるのだから・・・オスはセックスにおいてメスの悦びを引き出す事に興奮を覚えるのは間違いはないのだけれども・・・メスはそれによって性欲が高められる事になると言えるはずなのだ。
つまりはメスにとってセックスは単純に肉棒を蜜壷に挿入されて射精さえしてもらえれば良いと言う訳ではないのである。ある意味、それまでのプロセスである愛撫にメスは、その快楽の重点を置いているのかもしれないように僕は思う部分が結構ある。極端な話、愛撫さえ最高であれば、挿入無しでもメスの性欲は満たされるような気がする時だってそれなりに僕の場合はあるような思える。
続きます・・・
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