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花言葉

kage

2010/05/12 (Wed)

本日の花”つつじ
花言葉”節度”

いつもながらの出だしなのだけれども、出会い系チャットには様々な女性がその性欲を満たすために来ちゃうのだけれども、実はオスも結構来ているのも事実だ。確かに僕のようにセックスしたくてその性癖を満たすために、欲情しているメスを求めて待機しているオスがいるのはもちろんなのだけれども、僕の待機メッセで来てしまうオスも存在するのである。

ストレートに言ば・・・あまり言いたくないのだけれども・・・・いわゆる”同性愛者”でオスを求めてやってくるってのなら判るような気がする。実際、こうやってチャットなんかで遊んでると、モニタ越しの相手の本当の姿って判らないから、いわゆる”ネカマ”ってのが居て、オスが女性になりきってチャットセックスを楽しんでいる場合も、否定は出来ないだろう。(原則バレないのだから、勘違いして同性愛者を真性のメスだと思い切って興奮することもあった可能性も否定できないのだ)

僕自身は同性愛に関しては”自分と関係ないところで適当に楽しんでくれるなら、それで良いんじゃないの?ただ自分の性癖に同性愛は、まったく勃起の対象にならないから関係ない”ってのが本音だ。真っ向からその存在を否定する気は無いのだけれども、だからと言ってその世界に参加するのもイヤで、同性愛好者同士が好きにするならそれで良いんじゃないの?って感じだ。





ネットには様々な性欲があって、それを満たすために来ているのは、多かれ少なかれ誰だって実感している部分ではないだろうか?僕も本音、ずーっとカミングアウトしているのだけれども、首輪や緊縛、奉仕、露出、羞恥が好きな変態である。だからと言って、ムチやロウソクなんかは引いてしまうし、露出においてもあからさまにメスをハダカで街に歩かせるなんかのプレイは却って気持ち悪く感じたりして、変な部分でこだわりがある。

つまりは単純に変態セックス愛好者と言っても、それぞれコダワリがあって、それを満たしたくて遊びに来ているのが本音じゃないだろうか?変な言い方かもしれないけれども、確かにオスだからそれなりのメスのおっぱいをしゃぶって、その濡れた蜜壷肉棒を挿入してズボズボし、その中に射精さえ出来れば一応の満足はあるのは事実だ。

実際、首輪や緊縛なんかしなくても普通の出会いで性癖を隠しても、勃起もするし、射精も当たり前ながら出来るのである。しかしそれで100%満足しているか?ってことになるとそうではない。やっぱり言葉責めもしたいし、首輪もさせたりして、結局は自分なりの”調教”を相手にしていきたいのである。





ただそれをしてしまう自分自身の性癖に”変態性”の意識があるから、それが周囲にバレれば日常にも影響があるだろうと思うために普通は隠し、それを満たすためだけにネットでそれを前提にしてセックス出来る相手を探しているのが事実である。日常のリアルを隠してのネットだから、ある意味僕自身も大胆になりやすいし、メスだってそうだろう。

むろん、日常のリアルがまったくモテないから、結果的にお手軽に効率良く交尾が出来る可能性の高いネットにハマりきってしまっている側面が大きいので、そのように書くとものすごく日常でもモテるように思われるかもしれないが、普通のオスよりもそのチャンスが低いオスであることも書いておきたい。かすかにミエっぽく書いてしまったことに恥ずかしく思う。反省。

ただ、ネットでの出会いに関しては大筋本音で実際なのである。つまりはアブノーマルなセックスを満たすためのネットでの出会いだと僕は思う部分が大きいのも事実なのだ。変態セックスってのはやっぱり普通の日常の出会いでするのは、どこか抵抗があって出来ないってのがあるのだろう。





確かにアダルトDVDが山のごとくレンタルショップに並べられ、インターネットではアダルトサイトが氾濫し、それを見ながらセックスを”予行演習”していく側面がどこかあるから、どうしてもどこかアブノーマルな要素がそこにはあって、それを普通の恋愛の中でのセックスで試してみるってのがある意味”普通”になってきたような気がする。

例えば、フェラチオなんかはそのもっとも足るプレイではないだろうか?今ではノーマルセックスの中での1つの愛撫方法としてそれなりに抵抗はなくなってきてるのだと感じるのだけれども、実際、僕が小学生ぐらいの時はそんなプレイも変態セックスの1つに考えられていたように思われるのだ。

それと同じで何をもってアブノーマルなのか?って定義付けってのが曖昧になって、自分ではノーマルプレイだと思っていることが相手には変態プレイで・・・ってことが多々あるような気がすることも多いのだ。だから実際、日常の恋愛の中でのセックスにおいても、プレイの内容なんかはあまり気にする事はなくなってきているのかもしれないのだけれども、その分だけセックスにおけるコダワリにおいては細分化されてきているのではないだろうか?と思うのだ。





これも例えば、なのだけれども・・・単純に交尾と言っても正常位もあれば立ちバックもある。座位だってあれば騎上位もある。そうなればやっぱりどこか個人ごとに男女関わらずに好みが出来て、そこにコダワリが生まれてしまうのはなんとなく理解できるのではないだろうか?そんなに細々としたコダワリの違いで、セックスの快楽がまったくなくなることは無く、先ほども書いたとおりそれなりの快楽があってそれなりの満足があるのは間違いないだろう。

続きます。

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